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2005年7月27日 (水)

孤立する日本・6カ国協議に思う 05/07/27

 26日の6カ国協議開会式で、核、ミサイル、拉致の包括的な解決とを訴えた日本政府代表団でありましたが、中韓ロ3カ国がこれに反対の姿勢を見せ、当の北朝鮮は日本との二国間協議には応じておりません。
 まあ、今回の6カ国協議では、北朝鮮以外の国にとって核以外を話し合おうとする日本の姿勢は、迷惑以外の何者でもないというのが実感でしょう。
 中国、ロシア、それに米国にしても直接自国民が拉致されたわけではないし、反日教育の浸透している中韓にしてみれば、日本人が100人、200人拉致されたところで「いい気味だ」ぐらいにしか思わないというのが実情で、とても日本に協力しようという気が起こらないでしよう。第一、拉致問題が解決したところで何のメリットも自国にもたらさないですしね。
 特に韓国は、朝鮮戦争中や80年代に少なからぬ自国民が北朝鮮に拉致されているにも関わらず「太陽政策」を掲げっぱなしにしている状況ですから、協力など望むべくもありません。
 協力の可能性が有るのは、参加国の中で日本の主張に異を唱えなかった唯一の国、米国ということになるのでしょうが、これにしても、現時点で積極的な協力は臨むべくもないのが実情です。米国は人権問題に敏感な国柄で、今年5月の下院議会で「日本人・韓国人拉致非難決議案」が提出されており、外務省ももっと活発にアピールすることは有効であると思うのですが、町村さんあたりが乗り込んで議会で演説するぐらいの事をしても良いのではないかと思いますね。
 だいたいこの問題の存在を知っている米国市民はごく少数に過ぎないのが現状ですから、米政府としても、同情の姿勢を見せる以外の動きは取らないでしようね。

 いずれにしても、近隣諸国のスタンスは「拉致の問題は日朝二国間で解決してください」と言う事で一致しています。
 さて、こうなってくると日本に残るカードは限られてきます。
まず「対話と圧力で粘り強く」という対応はどう見ても限界に来ています。なにしろ当の北朝鮮が対話する気が無いのですから。
 圧力にしても、日本が手にしている有効な圧力カードである「経済制裁」も、時間が経てば経つほど空札になりつつあります。なぜなら、日本が経済制裁を発動する可能性があるのを北朝鮮が座視しているはずも無く、中ロ韓の首脳を平壌に招いて関係を強固なものにしようとしており、経済制裁が発動されてもその被害を最小限に止められるよう動いております。現に韓国などは不足する電力の供給まで申し出ている状況です。
 結論から言えば、経済制裁を発動するなら今を於いて無い、と言う事でしよう。空札になってからカードを切っても「圧力」足り得ないのですから。

 さて、経済制裁に踏み切る場合その目的ですが「核、ミサイル、拉致」の包括的な解決のためということでなくてはなりません。つまり日本の「国防」問題に対処するための発動ということです。

 経済制裁発動に対する反対論として必ず上げられるのは「効果が無い」というものですが、対朝貿易0.1%の日本経済に対してはさしたる効果は出ないという点では確かに正しいでしょうが、全貿易額の2割に達する対日貿易が完全にストップする北朝鮮にとっては効果が無いと言ったら嘘になります。まあ、経済的体力がある国であれば耐え凌ぐことも可能でしょうが、経済ガタガタの北朝鮮にとってはかなり痛いでしようね。

 また、日本単独の経済制裁では抜け道だらけで効果が得られない、とする意見もありますが、逆にだからこそ今すぐの発動が必要ということでしょう。各国の協力が得られないと分かった時点で直ぐに発動しなくては、北朝鮮に対抗策を準備する時間を与える結果になってしまいます。それに、今まで舐め切られていた日本も今回は本気だぞと北朝鮮も含め、各国がはっきりと認識するという点ではこれ以上無い強力なメッセージになることでしよう。

 次に「制裁を加えた段階で拉致被害者たちが殺されてしまったらどうするのか」についてですが、北朝鮮にとって拉致被害者の方々は、日本からの経済制裁を解除させるための最後の切り札になるわけですから、あれだけ外交駆け引きの点で奸智に長けた北朝鮮が自ら切り札を捨て去るとは到底考えられないのです。本当に殺してしまっては、日本側が飽く迄拉致被害者たちの生還を求めている以上、経済制裁が無期限に長引くこともありえるわけですので、そのような選択は北朝鮮としてはしたくないでしょう。

 「人道支援も凍結するのか」との問題も提起されるでしょうね。でも、そもそも支援物資が本当に必要とされている人に渡っているのならば餓死する人がゴロゴロ出る現在の状況にはなっていないはずです。民放TVの報道番組でも流れたように、日本や韓国からの人道支援米が闇市に流れている現状から、ほとんど全てが軍や、金持ち、政府の幹部たちの懐を肥やす手伝いにこそ為れ、本当に必要としている貧しい市民の口には入って行かないのが現実でしょう。
 この状況から「人道支援凍結」したところで、すでに飢えに苦しんでいる市民への影響は皆無と言っても良いのではないでしょうか。
痛みを感じるのは、軍と金持ちと政府幹部たちだけでしょう。

 さらに、「そんなことして本当に核ミサイルが飛んできたら取り返しが付かないじゃないか」という意見も有ります。
たしかに「経済制裁は宣戦布告とみなす」だの「東京を火の海にしてやる」だの物騒なことを言っておりますが、日本単独の経済制裁のみで国家体制が転覆する程の効果があるならまだしも、制裁に反対する人たちが述べているように各国の連携が無ければ効果か少なかったり、抜け道がいくらでも作れる状況ではとうてい金正日体制を崩壊させるまでの力は無いので、核ミサイルを飛ばすような事態には至らないと考えられます(まあ、それでもかなりの痛みは感じるでしょうがね)。
 何故なら、核は所有していることで圧力になるからです。一旦使ってしまえば圧力のタガかはずれた最後の力の行使になるからです。崩壊寸前の破れかぶれの状況ならいざ知らず、日米同盟を結んでいる日本を核攻撃することはどのような結果をもたらすか、日本単独の経済制裁の比ではないことぐらい、北朝鮮も重々承知していることです。
 よって、制裁即核弾頭の飛来といった事態は有り得ないでしょう。ただし、ガンガン恫喝はしてくるでしょうね。「東京に照準を合わせたミサイルに燃料を注入した」とか、実際に核弾頭なしのミサイルを東京湾に着弾させ「残念、不発だった、次は爆発させるぞ」ぐらいの事は遣ってくるかもしれません。その時こそお得意の「冷静に、粘り強く」対処する必要があるのでしょう。
 間違えてもパニックを起して右往左往する見っとも無いまねだけはしたくないものです(お願いしますよ、そこのマスコミや議員の皆さん)。

 さて、経済制裁を発動するとして、つぎに問題になるのはどのようなレベルで行うかです。具体的には昨年12月自民党拉致対策本部の経済制裁シミュレーションチームが作製した下記五段階のうちのどのレベルで行うかと言う事になるのでしょう。

    1.人道支援の凍結延期
    2.送金などの報告義務と輸出届出義務の厳格化
    3.特定品目の貿易禁止、特定の送金の禁止
    4.特定船舶の入稿禁止、貿易などの全面禁止
    5.船舶の全面入港禁止

 私は最初から最高レベルの5(1~4を含む)から行うべきだと考えております。
何故なら、1から始めて効果が出ない事を確認しながら徐々にレベルを上げてゆく戦術では、北朝鮮に各個撃破されてしまう可能性が高いからです。
 つまり一つずつ制裁して行った場合、北朝鮮はその時々で一つずつ対応してゆけば良いことになり さらに日本側の次の手も見えてきます。
 よって北朝鮮にとって非常に対処しやすい有り難~い制裁の仕方になってしまうと言えます。
 それに対して五段階全てを一遍に発動された場合、同時に全てに対応せねばならず、対処しきれないものは即制裁効果が上がり始めるわけです。
 その上で、北朝鮮側が譲歩してきたならば、それに応じて制裁のレベルを下げてゆけば良いわけで、効果が無い場合にレベルを引き上げる遣り方に比べ、実行しやすい点も指摘できます。

 ただし、一番肝心なのは経済制裁は過去の例を見れば明らかなように、半年や一年では効果が見えてこないということです。5年、いや場合によっては10年以上かかる性質のものであることを国民は覚悟しなくてはいけません。
 おそらく、半年、1年経ってから一部マスコミや野党などから「効果が無いから止めろ」キャンペーンが盛り上がり始めることでしょう。さらに中韓ロなどが圧力を懸けてくるでしょう。
その場合も、泰然と構えて行きましょう。
 なーに、北朝鮮との貿易が止まり続けても日本は痛くも痒くもありません。粘り強く対話と圧力を掛け続けましょう。
理想的には、日本国民が経済制裁を掛けているのを忘れてしまうぐらいが丁度良いのかもしれません。
北朝鮮が泣きついてきたら「制裁解除してくれって、何の話だっけ、拉致被害者返すって?、ああ、そういえばお宅に経済制裁掛けっぱなしだったっけね、まあ良いんじゃないの」って鷹揚な態度でね。
 でも、心の中では拉致被害者の安否を気遣いつつね。

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2005年7月22日 (金)

人民元切上げ&ロンドン同時テロⅡ 05/07/22


昨晩はニュース速報が立て続けに流れて、なにやら慌しい夜でしたね。
 最初に流れて来たのは中国が人民元2%切り上げ、固定相場制を廃止したという速報でした。
米国を初めとする外国からの圧力で、いずれは行われると推測されていましたが、この時期に突然(こう言う経済的にデリケートな内容のものは突然の発表というのが普通なのだそうですが)の発表で正直驚きました。
 外圧には屈しないとの姿勢を示していましたが、米国議会で制裁を含めた対抗措置を求める法案が多数出されている事と、胡錦濤国家主席の訪米前に圧力を減じておきたいとか、異様な量の外貨準備高の悪影響を回避するためとか、不動産バブルに拍車が掛かるのを食い止めるためなど様々な要因を勘案して決定しただと言われております。

 ※米国議会や国家主席の訪米の件はともかく、後半の二つはどのような関係があるのか正直、勉強不足で良く分かりません。

 しかし、切り上げ率が2%に抑えられていることから、国内経済に対する影響を最小限に抑えて様子を見ようとの思惑があるのでしょうね。
 この程度の切り上げで米議会も納得するはずがありませんので(中には30%の切り上げを求めている議員も居るようで)様子を見つつも順次切り上げ率を上げてゆく心積もりなのでしょう。
 経済発展に乗じて多くの日本企業が生産拠点を中国に移しておりますが、人民元切り上げは中国国内からの輸出に不利に作用することは明らかです。
 今回は2%ですが、今後更に切上げ幅が増加することが予測されますので、生産拠点を東南アジアなどへシフトすることを考え始める企業も出てくるのではないでしょうか。

 まあ永遠に続く好景気は有り得ない訳ですし、日本のバブル以上のフィーバー振りですので、進出企業には、中国経済に首までどっぷり浸からないで、フットワークを軽く整えておく経営戦略が必須と言う事でしょうね。

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 ロンドンの爆破テロ、また起こってしまいましたね。
今回も地下鉄で3箇所、路線バスで1箇所、前回のケースをなぞったような犯行でした。
 またアルカイダの関与かと言われているようですが、今回のはどうでしょうかね。
犯人像とその目的についてちょっと検証して見ましょう。

1.前述のようにロンドンの地下鉄とバスに対する攻撃ということから、嫌でも前回の爆破テロとの関連を考えさせられる。
2.前回は自爆テロであったが、今回は違うらしい。
3.爆発の規模は前回と比べ、ずっと小規模で起爆装置だけを使ったものや不発のものもあったらしい。
4.前回は交通機関が非常に混雑する通勤通学の時間帯を狙ったものであったが、今回は比較的空いている昼過ぎに行われている。
5.前回に比べ被害者が極端に少ない。

「治安当局の努力をあざ笑うような、大胆で悪質な挑戦」とか「英政府および治安当局に対する重大な挑戦」更に「今回のテロは失敗だったようだ」といったロンドン警視庁のコメントが出されていますが、4箇所も同時に攻撃を仕掛けながら「起爆装置だけの発火でした、不発でした、被害者は怪我人一名でした。でも僕たち実行犯は超過激で危険なアルカイダのメンバーで~す!」
これではあまりにお間抜けすぎませんか。
上記1~5を検討すると、事態の派手さはあるものの、どうも犯人たちは可能な限り人的被害を出さないように配慮?しているように思えてなりません。
 よって、前回のような多数のロンドン市民を殺傷する目的で行われたテロとは考えにくいのです。
それでは、誰が何の目的で行ったのかですが、まずは例によって一回目のテロ以降、昨日の事件に至るまでのイギリス国内の流れをざっと追って見ましょう。

13日:
「首相は過激なイデオロギーの提唱者など公益に反する人物に対する入国禁止や国外追放を従来よりも容易に実施できるようにしたいと表明した」(2005年7月15日  読売新聞)
18日:
新、反テロ法案について野党との基本合意が得られた。
19日:
英政府とイスラム指導者らとの協議に対して「イスラム教徒を過激派と穏健派に分断し、弱体化させようとする英政権の態度は容認できない」(2005年7月20日  読売新聞)とイスラム過激思想団体の代表が表明。
20日:
「容認できない行動を取った人物をデータベース化し……国外退去に繋がる対応を受ける場合がある」(クラーク内相)
21日:
2度目のロンドン爆破テロ発生

 これを見ると7日の事件後の記事でも述べたように、イギリス国内のイスラム過激思想団体とその指導者たちが徐々に追い詰められている状況が見て取れます。
 そこで、犯人像としては、イギリス国内で危機感を募らせたイスラム過激思想団体の人間、もしくはそれらの団体に共感するイギリス国籍のイスラム教徒が最有力なのではないでしょうか。
 よって、昨日の事件は「前回と同程度のテロはいつでも出来るんだぞ、でも今回はこの程度で勘弁してやったんだからな、これ以上俺たちを追い詰めると大変なことになるぞ」という犯人からのメッセージではないかと考えられますが、いかがでしょうか。
 今後イギリス政府は、イスラム教徒やイスラム過激思想団体相手に綱渡り的な舵取りが求められるのでしょうね。

 余談ですが、事件のあった駅の名前の一つに「ブッシュ」が含まれていたので偶然か、犯人のシャレかと思っていたのですが、某民放TVでは更にオーバル駅は米大統領の執務室「オーバル・オフィス」を表し、ウォーレン・ストリート駅の「ウォーレン」は臆病者を表すスラングではないかと指摘していました。
 ちょっと出来すぎのような気がしますが、犯人が捕まったら聞いてみたいものですね。

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2005年7月20日 (水)

4月の反日暴動と今後の日中関係(下) 05/07/20

 いよいよ、3回シリーズの最終回です。
前回の予告どおり、「いかにして中国政府に反日教育に不利益が多いと認識させて止めさせるか」について考察してゆきます。

 この件について4月16日の上海暴動以後の中国政府の動きの中に何かヒントが隠されていないでしょうか。
まずは4月16日以降の主な動きを追って見ましょう。

4/17
 破壊活動に対する謝罪は無く、賠償などの問題にも触れず。(上海市政府 焦 揚 報道官)

4/17
 中国政府は今まで一切、日本人民に対して申し訳ないことをしたことはない。(国外交部 李肇星 部長)

4/21
 インターネット、携帯電話上で無許可デモを組織することの違法性を指摘。無許可デモへの参加、関連情報を流すことも禁止。
(中国公安局 報道官)

4/23
 中国人民の強い反応に対し、日本は真剣に反省しなければならない。(胡錦濤国家主席)

5/4(五四運動記念日)
 反日活動の再燃が懸念されていたが、大規模なデモは完全に封じ込められた。

5/10
 日本大使館が受けた損害に対し、原状回復する意向を表明。(李肇星外相)

 全てを網羅しているとはとても言えませんけれども、大体の流れは掴めたかと思います。
 これを見ると4月20日過ぎまでは対日強硬路線一色で、25日あたりからデモの鎮静化に本腰を入れ始め、封じ込めに成功したところで、対日強硬路線を緩めていることがわかります。
 つまり、ウィーン条約違反で対外イメージの悪化は重々承知していながら、国内の反日活動の沈静化を最優先し、日本に対する配慮(対外的配慮)は二の次にされたということですね。
 うーむ、結局中国政府が最も恐れているものは、外国からの圧力でも、対外的イメージの失墜でも、ましてや日中関係の悪化でもなく自国の民衆と言う事になりますね。
 それでは日本政府が徹頭徹尾謝罪と賠償を求め、対中強硬姿勢を貫いていたらどうなっていたでしょうか。

↓日中外相会談 町村外相 謝罪と賠償を求めるが拒否される。
↓日本政府 外国の記者団に対し、今回の中国の在外公館に対する暴動と、中国政府の対応は明らかなウィーン条約違反と強い口調で述べる。
↓中国政府、今回の一連の反日デモは、中国人民に対する不誠実な態度が根底にあり、日本政府は深く反省する必要がある。
↓外務省 中国政府の発言に強い不快感。改めて謝罪と賠償を求める。
↓中国各地で反日デモ、広がる日本製品不買運動、各地で日系商店が襲撃される。
↓日本政府、中国政府に事態の沈静化を強く求める。
↓某国会議員が北京オリンピック不参加も検討すべきと発言
↓日本人留学生襲撃され重態
↓中国政府 国民に冷静な行動を呼びかける
↓上海の日系企業でスト
↓上海の日系企業で暴動、建物が壊される
↓外務省、国民に中国への渡航自粛を求める
↓中国政府 これ以上の混乱は中国経済にも不利益をもたらすと無秩序な反日行動の自粛を呼びかけ、無許可のデモは認められないと発表
↓日系企業の社員家族、帰国しはじめる
↓北京のデモ 当局により事前に押さえ込まれる
↓米国政府 日中関係の悪化による極東情勢の不安定化を懸念、両国政府に関係修復を求める
↓ジャカルタで日中外相会談 両国ともこれ以上の関係悪化は望まないことを確認
↓中国政府 謝罪はしないが被害を受けた日本の在外公館の現状修復を申し出る
↓反日デモは下火になる

 なんと言うことはない、これでは多少派手になっただけで現実の流れとほとんど変わらないではないですか。
ただ日本政府が強硬な態度を取っただけでは駄目ということですね。反日の流れを反政府デモのレベルまで持って行かなくては中国政府はそれほど慌てない、即ち現状は変えられないということです。
まあ、「強く抗議する」だとか「謝罪と賠償を求める」など正攻法の外交政策では限界があるということでしょう。
出来れば使いたかー無いが、もっとアンダーグラウンドな手法が不可欠と言う事でしよう。
そこで、今後似たような反日暴動が起きた時のために以下のようなシナリオを考えて見ました。

 まず、暴動が起きる以前に準備が必要です。
普段から中国で反日サイトに出入りする人物を複数確保ししておきます。
そこそこ反日活動に熱い人間が望ましく、在日留学生当たりとパイプを持っている人物、そんなパイプなどなければこちらで用意してやるのです。
勿論、日本の公的機関の影を感じさせないようにしなくてはいけません。
 そうして、必要とするときに日本から事実と、デマとを適度に混ぜた美味しそうなネタを発信出来るようにしておくのです。日本からの発信では当局の検閲に引っかかるのなら、中国の国境の町からでも、東南アジアの親中某国からでもかまいません。
検閲を回避する芸当の出来る人ぐらい雇いましょう。
 反日デモを企画するような団体の周辺部や内部にも表向き反日理解者の触れ込みでコンタクトを取れるような人物を確保しておきます。
(予断ですが、これらの経費は2001年頃有名になった外交機密費を当てます、というか本来こういう使い方をするためのお金でしょ)
 中国の在外公館でも反日サイトや、反日活動にはアンテナを張り巡らせておくことは言わずもがなです。

 さて、仕掛ける時期は中国国内になにか大きなスキャンダルが起きた直後が良いでしょう。
たとえば大規模な中央官僚の汚職事件が発覚した直後とか。
ともかく某年某月反日のうねりが起き始めます。各地で小規模なデモが発生します。
中国当局は身内のスキャンダルの直後ですので、デモへの対応は慎重にならざるおえません。デモを企画した団体も秩序ある行動を呼びかけています。
勿論合言葉は「愛国無罪」です。
ここで、かねてから中国国内に仕込んでおいた人物を通して、自称愛国留学生や某国在住の愛国青年から反日を煽る熱い内容のメールやメッセージを流し続けます。
 このまま大規模なデモまで発展すれば良いのですが、なかなかそうも行かないでしょう。
そんな中、中国に進出している某有名企業の幹部が、中国製品の品質の悪さ、従業員の質の悪さをあげつらったという、怪情報が流れます。
さらに、上海の中国人小学生が日系企業幹部の乗った車に撥ねられ重態、適当な金額を払って揉み消そうとした。
日本の外務官僚が中国某都市で乱交パーティ
とにかかく何でもいいのです、有ること無いこと、ただし中国人が小日本ならやりかねないと思わせるような怪情報をばら撒くのです。
勿論、かねて用意の反日団体に繋がりのある人物を介しても反日感情を煽り立てます。
そんなことを続けてゆけは当局の締め付けがあっても、ある程度規模の大きなデモが企画されるでしょう。
 日本政府としても協力しなくてはいけません。
首相を初めとして閣僚も「遺憾です」とか尤もらしい言葉の端はしに中国人民の神経を逆撫でする様な言葉を散りばめて行きます。
外務大臣も、中国政府に対し2005年の時のような無様な対応は取らないようにと無礼な要請をします。
某国会議員や、某都知事のような人物にも大いにがんばってもらいましょう。中国の反日活動や反日教育をメディアでガンガン非難してもらいます。この模様はネットや衛星電話で逐一中国国内に流します。
ここまでくれば、北京、上海など大都市で大規模なデモが発生するでしょう。発生しなければ発生するまで煽り立てるまでです。

 大規模なデモが起こればその後に、もし当局の手で事前に中止させられたらその直後のタイミングで、数隻の漁船に分乗した自称右翼団体の男たち数名が、尖閣諸島魚釣島に上陸、島の天辺に日章旗を掲げる事件が勃発します。
さらに、ネット配信されたその時のビデオ映像には、翩翻と翻る日章旗の下で、あろうことか、大きく墨で×印の描かれた中国の国旗がへらへら笑った男たちに○×(自己検閲)を掛けられガスバーナーで焼かれているのです。
自国の国旗にこのような仕打ちをされて冷静でいられるのは日本国民ぐらいのものです。愛国心に溢れた中国人民の皆さんは耐えられません。

 ここまで遣られれば中国の民衆は完全に激発します。
なにしろ、幼少の頃から反日教育にどっぷり浸かって育っているのです。あの鬼畜日帝が、小日本があろう事か我国の国旗に侮辱を加えたのです。
 某日曜日、北京、上海など大都市で開かれた大規模な抗議集会はデモ行進に移行、日本の在外公館に向かいます。
北京ではその数五万。まさに2005年4月の再来です。
大使館の窓に石が投げられ、ビンに詰められたペンキが投げられます。そうして投げられた何本かのビンから火の手が上がります。
大半は大使館の壁にぶち当たって炎が広がっていますが、中の一本が割れた窓から室内に飛び込み出火、窓からめらめらとオレンジ色の炎が広がっています。
勿論暴徒たちに紛れ込んだ工作員の仕業です。
暴徒たちは「愛国無罪」を叫んで躍り上がって喜びます。
程なく遠くの方から消防車のサイレンが響いてきますが、大群衆に阻まれて炎上する大使館に近寄れません。
群衆の口から叫ばれていた「愛国無罪」の言葉はいつの間にか「反日無罪」に変わっています。
夜になっても消火活動がなされないまま燃え続ける日本大使館の前で、群集は解散しません。
かわるがわるアジ演説をして、奇声を上げています。
彼らの周りを、無言で武装警察が取り囲んでいます。
他の都市でも同様の光景が繰り広げられています。
その間こんなデマが流されます。
魚釣島に日本の軍艦が接舷し日本軍が上陸したと。
中国海軍の艦艇も5キロほど離れた海上にいたが阻止しなかったと。
更に、一連の反日デモの発端は政府が役人の汚職スキャンダルを隠蔽するために仕組まれたものだという怪情報が流れます。
群集のなかに動揺が走ります。
小声ながら政府に対する不信感を露にする者も出始めます。
翌日、北京市の当局者が大使館前の群集に呼びかけがなされます。
「諸君らの気持ちは我々も同じだ、だがこれ以上の混乱は我国のためにならない、秩序を持って解散してもらいたい」
呼びかけに答え、群集は散り始めます。
そんな中ハンドマイクを手に「今回のデモの発端は、役人の汚職事件を隠蔽するために仕組んだものだと聞いたが本当か」と北京当局者に問い質す者が現れる(これ、仕込んでおいたアジテーターです)。
「そんな事実は無い、デマに惑わされるな」当然当局者は答える。
不信感が蔓延する群集と、武装警察、市当局者がにらみ合う。
「愛国無罪」甲高い叫び声と共に火の点いたビンが武装警察の隊列に投げ込まれる。路面に当たって火炎が広がる。
武装警察の隊列が崩れ、群集にパニックが広がる……

3時間後、上海をはじめ各都市に北京のデモ隊が当局の軍隊に強制排除されたと伝わります。
「反日集会を開いていた民衆にいきなり発砲した」とか、
「いや、役人の汚職を隠蔽するためにデモを利用したと糾弾されて逆上して発砲したんだ」
「そうじゃないよ、北京のデモは反政府デモだったんだそうだ」など中国全土にデマも何もかもが一緒くたになってあっという間に広まって行きます。
デモ当初、当局が静観の構えを取っていたために、各地の反日デモは徐々に反政府批判の場に変貌して行きました。
そのうちに、あちこちで警官隊とデモ隊の小競り合いが発生、遂に大都市では人民解放軍が動員され、89年の天安門事件の悪夢が再来した瞬間です……
 1カ月がかりで漸く全土の治安を回復した中国に対する対外評価は失墜、北京オリンピックの開催をも危ぶまれ始めた。
 翌月、胡錦濤体制は保たれたものの、公安局長以下、季節外れの人事大異動が行われました。
 翌年、中国の歴史教科書の内容は大幅に変更されていたが、中国政府からの公式コメントは出されていません。

                         終 劇

 どうでしょう、ここまでくると外交工作の域を超えて完全に謀略ですね。でもこれぐらいしないと中国の反日教育はなくならず、いつまでたっても日中間に全うな外交関係は樹立できないと思いますが、皆さんいかがでしょうか。

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    ※インターネット上には、1ヶ月前までの情報はそこらじゅうに溢れていますが、ほんの3ヶ月前の情報を時系列に沿って集めようとすると、非常に苦労することに驚きました。
どこかに、ニュースのアーカイブサイトとかありませんかね。、

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2005年7月19日 (火)

4月の反日暴動と今後の日中関係(中) 05/07/19

 前回は中国に於ける4月の反日暴動の経過と原因について考察し、現状についての疑問を呈したところで終わっていました。

 さて、中国に於いて4月に発生したような反日暴動が再び起こらないようにするにはどうしたらよいのでしょうか。
そのためには原因を潰してゆくことです。
といっても、デモのスローガンに掲げられていた「教科書問題」「常任理事国入り問題」について、仮に彼らの要求を全面的に取り入れても靖国問題、尖閣諸島領有権問題、東シナ海ガス田開発問題それに靖国問題等が残ってます。
では極端な話、中国の主張をすべて認めたとしたらどうでしょうか。
    1.靖国神社とは別に第二次世界大戦で亡くなった方々を慰霊する施設をつくり、政府関係者は今後一切靖国には参拝しない。
勿論所謂A級戦犯はこれを合祀しない。
    2.中国の尖閣諸島の領有を認める。
    3.東シナ海のガス田を含めた国境線は中国の主張どおり大陸棚の先端、沖縄トラフまで認め、日本はガス田の開発を放棄する。
 サアどうだ、ここまでやれば中国国内は中日友好ムードではち切れんばかりになるでしょう、か?
とんでもありません。
中国政府の公式見解は次のようなものでしょう。
「長年我国政府が主張し続けてきた正当な権利を、戦後半世紀以上を経てようやく日本政府が認めたにすぎない。我国は当然の権利を主張し当然の状況に復帰しただけの事である。
我国が日本に感謝するような謂れは全くない。
それどころか、本来不当に占拠されていた我が領土に対し賠償請求するべきところ、今回この権利は放棄する方向で考えている。この寛大な処置に感謝すべきは日本の方である」
まあ4月の総領事館襲撃は日本が悪いと言い張る国ですからこれぐらいの事は言ってくるでしょう。
 その上で「日本による我領土に対する侵略と、人民に対する残虐行為はいずれも消すことの出来ない歴史的事実である。よって今後ともこの事実を次世代を担う子供たちに教えて行くことは我々の責務であり、侵略の記憶を風化させることは決して許されないのである」と言う事で反日教育は決して止まらないでしょうね。
それどころか「日本政府も認めた戦後60年に渡る我領土に対する侵略の歴史」なんてページが尖閣諸島の写真入で教科書に加わるだけでしょう。
 結局中国共産党が一党独裁体制を敷いている限り、日本がどれ程譲歩しても、どれ程粘り強く働きかけても、この状況は変えられないというのが現実でしょう。
(では何故中国政府がここまで反日にこだわり続けるのかという大きな疑問が出てきますが、これについては後日改めて考察して行こうと思います)
 これでは日本は八方ふさがり、打つ手が無く中国でいつの日にか政変が起こるまでただじっと、それこそ粘り強く耐え忍ぶしかないということになってしまいます。

 うーむ、困ったことです、何か状況を打破する方策は無いものでしょうか。
ここでもう一度頭を冷やして状況を整理して見ましょう。
    1.4月の反日暴動の根底には、反日教育がある。
    2.日本がどれ程譲歩しようとも反日教育は止めそうも無い。
    3.民衆の反日感情は内政の問題点から目を反らすのにも都合が良い。
    4.反日活動と中国政府は基本的に利害が一致する。
    5.中国政府は、オリンピックや万博を控え民衆の過激な反日活動は対外的には好ましくないと考えている。
    6.愛国無罪を掲げて反日デモを行う民衆に中国政府はデリケートな対応を強いられる。
    7.中国政府は反日デモや暴動の処理を誤り、怒りの矛先が自分達に向けられることを最も恐れている。
だいたいこんなところでしょうか。

 さて、上から順に眺めて見ましょう。
1.2 まあ事実ですよね、この状況をひっくり返すためにどうしたら良いか今ここで考えているのです。
3 中国の内政問題が解決されれば良いのですが、日本が干渉できる事柄ではないですね、内政干渉になって大騒ぎです。
4 そりゃそうでしょう、じゃ無きゃそもそも反日教育なんてやってませんよね。
5 分かります、対外的に良いイメージ作りが必要な時期ですものね。
6.7 そりゃ怖いでしょう、全国規模の天安門事件なんて中国政府の悪夢でしょう。

 何となく見えてきた感じがしませんか。
1~4は単なる事実だったり、外部からコントロール出来ない事柄ですので除外しても良いでしょう。
使えそうなのは5~7と言うことになりますかね。
まとめると
「中国政府は、対外的イメージに傷が付く活動は認めんぞ。
反日活動は反日だけに目を向けてとけ、間違っても反政府活動なんぞに転化するなよ」
と言う事でしょうか。

これを逆手にとって、
「中国政府にとって、反日教育は対外的イメージを激しく傷つける活動の源だぞ。
反日活動は、いつの間にか反政府暴動になっちまう恐ろしい活動だぞ」
と認識を変えられれば良いと言う事ですね。

そんな起死回生の方法がはたしてあるのでしょうか、最終回である次回に考察して行きます。

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2005年7月18日 (月)

4月の反日暴動と今後の日中関係(上) 05/07/18

 中国における今年4月の反日デモが発生してから3ヶ月が過ぎました。表面上は沈静化したかに見えるこの時期、あの事件を改めて3回に分けて考えてみようと思います。

 まずあの事件の一連の流れを大雑把に確認して見ましょう。
    3月下旬    中国各地で日本の歴史教科書問題や、国連常任理事国入りに反対する署 名活動が始まる。
    4月 3日    深センでデモ
    4月 2日    成都の日系スーパーに対する暴動発生
    4月 9日    北京、日本大使館に対するデモ、暴動化
    4月10日    広州、深センでデモ
    4月16日    上海、日本総領事館に対するデモ、暴動化
    4月17日~18日 町村外相訪中 中国側に謝罪と賠償を求めるも、拒否される
    4月19日 中国 無届デモの全面禁止通達、これ以後反日デモは収束に向かう
おおよそこんな流れであったかと思います。

 さて、これら反日デモ、暴動の原因ですが、上記3月下旬の項に記載されているように、表向きは「歴史教科書問題」や「日本の国連常任理事国入り反対」更に日中間には「尖閣諸島問題」(領土問題)や「東シナ海ガス田開発問題」(エネルギー問題)など懸案となっているものが多数存在していました。
 しかし、単に二国間に多くの問題が存在するだけではデモ行進まではともかく、在外公館への投石などの暴動が繰り返し行われるまでにはエスカレートしないものです。
 この点については、多くのマスコミやブログ、ウェッブページなどで、背後に現在の中国国内の問題に対する、民衆の鬱屈した感情の蓄積が挙げられています。

 人口問題、役人汚職の問題、情報規制問題、台湾を初めとした分離独立の問題、乱開発による環境汚染、エネルギー資源不足、電力不足、それを補うための石炭の無茶な増産による落盤事故など相次ぐ大惨事、広がる貧富の格差。

 まあ、ざっと挙げただけでも問題山積みです。
中国政府としても、民衆のフラストレーションが日本に向けられ、適当にガス抜きが行われれば目くじらを立てる筋合いは無いわけです。
更に、歴史教科書問題も、国連常任理事国入り問題も政府と考えが一致しているため、隊列を作ってただ突っ立っているだけの武装警察官、かれらと馴れ合いのように日本領事館に投石する民衆。という異様な構図が生まれてきたわけです。
 しかし、フラストレーションのはけ口が日本に向けられた直接の原因はなんと言っても、天安門事件以後、つまり80年代の鄧小平・江沢民政権以来強化されてきた反日教育が上げられます。

 反日教育の内容については多くのウェブページや書籍などで紹介されているのでここではあえて割愛させていただきますが「日本軍の残虐さをこれでもかと誇張して反日感情を煽りに煽り、中国共産党の戦士たちが悪逆非道な大日本帝国の軍隊と敢然と戦い勝利した」内容とだけで十分でしょう。
 さらに「愛国主義教育基地」見学による視聴覚教育でたっぷりと反日感情を頭の中に叩き込まれるのです。
こうした教育にどっぷりと浸って育った人たちがまさに今回のデモの中核を為した20代、30代に当てはまるのです。

 まあ中国政府も、デモを企画した反日活動家たちにとっても当初は予定調和のうちにきれいに終わるシナリオだったのでしょう。
しかし、民衆のパワーが彼らの想定を遥かに超えるものだったようです。
 中国政府としては「これはまずいな」と感じた時点で可能なら力で解散させてしまいたかったでしょう、しかし民衆は「愛国無罪」を旗印にデモを行っていました。
まあ、日本史で言うところの「錦の御旗」のようなものですね。
これには強権行使を躊躇わない中国政府も迂闊に手を出せません。
下手をすれば反日デモ一転、反政府暴動になりかねないからです。
ために対外的に悪印象を与えると認識しつつも、国内で日本政府に対して弱腰だと批判されるような謝罪と賠償には応じることが出来なかったのです。
一見傲慢蕪村で強腰な態度の裏では背筋に冷や汗が流れていたこと思います。
 中国政府にとって幸いだったのは日本政府が、冷静な対応を旨として強硬な姿勢に出なかったことと、4月19日の無届デモの全面禁止通達以後、さしたる混乱も無く国内の反日活動を収束させることが出来たことです。
結果、中国政府にとって対外的には汚点を残したものの、国内的にはうまく事を納められたと言うことでしょう。

あれから3ヶ月たった今日、大規模な反日デモや暴動は起きていません。

ああ良かった、やれやれ……

本当にそうでしょうか。
上海の総領事館はぼろぼろのままです。
中国政府からの謝罪も、賠償も無いままです。
それよりも何より、相変わらず中国では「反日教育」は続けられたままです。
結局根本的な解決は全くされずじまいです。
今後も事あるごとに反日デモ、反日暴動は繰り返されてゆくことでしょう、規模を大きくして。
何故なら、反日教育にどっぷりと浸かった年代層が年を追うごとに増え続けるからです。
今回は20代~30代、10年後は20代~40台、そして30年後は20代~60代つまり、中国に於ける就業年齢の人たち全てが反日教育で育った人たちになるのです。
我々はそんな国とまともな関係をを維持できるのでしょうか。
小泉首相が記者会見で述べたように「反日感情が出ているときこそ友好意識を持つこと……」で解決できるのでしょうか。
「粘り強く対応する」だけで解決できるのでしょうか。
「冷静になって対立の炎を更に燃やすことを避ける……」ことで解決できるのでしょうか。
そんなことは戦後60年、日本政府と外務省がさんざんやり続けてきたことではないでしょうか。
その結果が、今回の体たらくではないのですか。

 はっきり認識しましょう、どんなに大量に解熱剤を服用してもインフルエンザは治らないことを。どんなに大量に下痢止めを服用しても腸内からO157を駆逐することは出来ないということを。

では一体日本はどうしたらよいのでしょうか、次回考えて見ようと思います。

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2005年7月15日 (金)

ロンドン同時テロに思う 05/07/15

ロンドン警視庁の発表では、昨日の時点でこの事件の被害者が一人増えて54人になったという。
 イギリスでは、イスラム教の過激な思想の人々の活動も規制はされず、その代わりイギリス国内でのテロ活動は自粛するという暗黙の協定が為され、なんとか均衡が保たれていたのが、今回の事件でこの協定が揺らぎ始めることは間違いなかろう。
 その点で言えば、今回の事件で最も泡を食っているのは暗黙の協定の元、長年イギリスで過激なイスラム思想活動をしてきた人たちではないかと思う。
まあ、この人たちの思想に感化された10代から30代までの若い人たちが起した犯行である以上ある意味自業自得ではあるのだけれど。

 この種のイスラム過激派のテロ事件が発生すると常々思うことであるが、一般のイスラム教徒の人々は実際のところどう思っているのだろうか。
 表向きは悲惨な事件に対し遺憾の意を表しいても、心の中では異教徒に対する攻撃に喝采を叫び賛同しているのだろうか、それとも、心の底からこの種のテロ行為を憎んでいるのだろうか。
あるいは、もっと別な複雑な心境にあるのだろうか。
 テレビやネットで様々な報道がなされているが、一般のイスラム教徒や宗教指導者たちの生の声は聞こえてこない。

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