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2005年7月18日 (月)

4月の反日暴動と今後の日中関係(上) 05/07/18

 中国における今年4月の反日デモが発生してから3ヶ月が過ぎました。表面上は沈静化したかに見えるこの時期、あの事件を改めて3回に分けて考えてみようと思います。

 まずあの事件の一連の流れを大雑把に確認して見ましょう。
    3月下旬    中国各地で日本の歴史教科書問題や、国連常任理事国入りに反対する署 名活動が始まる。
    4月 3日    深センでデモ
    4月 2日    成都の日系スーパーに対する暴動発生
    4月 9日    北京、日本大使館に対するデモ、暴動化
    4月10日    広州、深センでデモ
    4月16日    上海、日本総領事館に対するデモ、暴動化
    4月17日~18日 町村外相訪中 中国側に謝罪と賠償を求めるも、拒否される
    4月19日 中国 無届デモの全面禁止通達、これ以後反日デモは収束に向かう
おおよそこんな流れであったかと思います。

 さて、これら反日デモ、暴動の原因ですが、上記3月下旬の項に記載されているように、表向きは「歴史教科書問題」や「日本の国連常任理事国入り反対」更に日中間には「尖閣諸島問題」(領土問題)や「東シナ海ガス田開発問題」(エネルギー問題)など懸案となっているものが多数存在していました。
 しかし、単に二国間に多くの問題が存在するだけではデモ行進まではともかく、在外公館への投石などの暴動が繰り返し行われるまでにはエスカレートしないものです。
 この点については、多くのマスコミやブログ、ウェッブページなどで、背後に現在の中国国内の問題に対する、民衆の鬱屈した感情の蓄積が挙げられています。

 人口問題、役人汚職の問題、情報規制問題、台湾を初めとした分離独立の問題、乱開発による環境汚染、エネルギー資源不足、電力不足、それを補うための石炭の無茶な増産による落盤事故など相次ぐ大惨事、広がる貧富の格差。

 まあ、ざっと挙げただけでも問題山積みです。
中国政府としても、民衆のフラストレーションが日本に向けられ、適当にガス抜きが行われれば目くじらを立てる筋合いは無いわけです。
更に、歴史教科書問題も、国連常任理事国入り問題も政府と考えが一致しているため、隊列を作ってただ突っ立っているだけの武装警察官、かれらと馴れ合いのように日本領事館に投石する民衆。という異様な構図が生まれてきたわけです。
 しかし、フラストレーションのはけ口が日本に向けられた直接の原因はなんと言っても、天安門事件以後、つまり80年代の鄧小平・江沢民政権以来強化されてきた反日教育が上げられます。

 反日教育の内容については多くのウェブページや書籍などで紹介されているのでここではあえて割愛させていただきますが「日本軍の残虐さをこれでもかと誇張して反日感情を煽りに煽り、中国共産党の戦士たちが悪逆非道な大日本帝国の軍隊と敢然と戦い勝利した」内容とだけで十分でしょう。
 さらに「愛国主義教育基地」見学による視聴覚教育でたっぷりと反日感情を頭の中に叩き込まれるのです。
こうした教育にどっぷりと浸って育った人たちがまさに今回のデモの中核を為した20代、30代に当てはまるのです。

 まあ中国政府も、デモを企画した反日活動家たちにとっても当初は予定調和のうちにきれいに終わるシナリオだったのでしょう。
しかし、民衆のパワーが彼らの想定を遥かに超えるものだったようです。
 中国政府としては「これはまずいな」と感じた時点で可能なら力で解散させてしまいたかったでしょう、しかし民衆は「愛国無罪」を旗印にデモを行っていました。
まあ、日本史で言うところの「錦の御旗」のようなものですね。
これには強権行使を躊躇わない中国政府も迂闊に手を出せません。
下手をすれば反日デモ一転、反政府暴動になりかねないからです。
ために対外的に悪印象を与えると認識しつつも、国内で日本政府に対して弱腰だと批判されるような謝罪と賠償には応じることが出来なかったのです。
一見傲慢蕪村で強腰な態度の裏では背筋に冷や汗が流れていたこと思います。
 中国政府にとって幸いだったのは日本政府が、冷静な対応を旨として強硬な姿勢に出なかったことと、4月19日の無届デモの全面禁止通達以後、さしたる混乱も無く国内の反日活動を収束させることが出来たことです。
結果、中国政府にとって対外的には汚点を残したものの、国内的にはうまく事を納められたと言うことでしょう。

あれから3ヶ月たった今日、大規模な反日デモや暴動は起きていません。

ああ良かった、やれやれ……

本当にそうでしょうか。
上海の総領事館はぼろぼろのままです。
中国政府からの謝罪も、賠償も無いままです。
それよりも何より、相変わらず中国では「反日教育」は続けられたままです。
結局根本的な解決は全くされずじまいです。
今後も事あるごとに反日デモ、反日暴動は繰り返されてゆくことでしょう、規模を大きくして。
何故なら、反日教育にどっぷりと浸かった年代層が年を追うごとに増え続けるからです。
今回は20代~30代、10年後は20代~40台、そして30年後は20代~60代つまり、中国に於ける就業年齢の人たち全てが反日教育で育った人たちになるのです。
我々はそんな国とまともな関係をを維持できるのでしょうか。
小泉首相が記者会見で述べたように「反日感情が出ているときこそ友好意識を持つこと……」で解決できるのでしょうか。
「粘り強く対応する」だけで解決できるのでしょうか。
「冷静になって対立の炎を更に燃やすことを避ける……」ことで解決できるのでしょうか。
そんなことは戦後60年、日本政府と外務省がさんざんやり続けてきたことではないでしょうか。
その結果が、今回の体たらくではないのですか。

 はっきり認識しましょう、どんなに大量に解熱剤を服用してもインフルエンザは治らないことを。どんなに大量に下痢止めを服用しても腸内からO157を駆逐することは出来ないということを。

では一体日本はどうしたらよいのでしょうか、次回考えて見ようと思います。

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