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2005年8月 5日 (金)

市場競争原理に思う 05/08/05

 「競争原理」これは地球上の自然界における最も根本的な原理、あるいは「掟」と言っても良いかもしれません。
 また、資本主義社会は「市場競争原理」に基く自由な競争によって今日まで発展してきました。
 更に政府は「骨太の方針」の中で、医療、介護、福祉、教育など公的性格の高い分野に於いても競争原理を導入しようとしております。

 では「競争原理」を生活の隅々に浸透させることによって社会が活性化され、人々の幸福に寄与するのでしょうか。
 今回は、このことについて考察して行こうと思います。

 私が今「競争原理」と聞いて真っ先に思い浮ぶのは、JR福知山線の脱線事故と、JALを初めとする航空各社で続発するトラブルのことです。これらの事故やトラブルは「定時性」の過剰な追求の結果、安全意識が疎かにされ引き起こされたもの、と認識されております。

 確かにその通りです、表面的にはね。
JRもJALも最近になって「定時性を」を追求し始めたわけではありません。
 殊にJRについて言えば、旧国鉄の時代から「定時性」については国際的な評価も高く、職員はもちろん国民もそれを誇りとして来ました。
 JALにしても以前から様々な悪天候や気象条件の中、可能な限り「定時性」を確保しようと努力されてきたことと思います。
私は「定時性」の追求を否定するものではありません。それどころか、とても優れたサービスの提供だと思っております。

 では何が問題なのか。
それは「定時性」の追求そのものでは無く、過密スケジュールと無理なダイヤを組んでいる事にあるのです。

 何故そんな無茶なことをするのか。
JRの場合は民営化、JALの場合は規制緩和による競争原理の激化、つまり他社との競争激化が無理を強いる背景にあるのです。
他社よりも、より多くの乗客を、より安く、より速く、より正確に運ぶこと。これが至上命題になって行き、価格競争の激化→利益率の低下→それを補うための無理な増便→「定時性」を保つための無理な運行→そして事故やトラブルを引き起こして行ったのです。

 これは民間企業だけの問題ではありません。
官公庁が企業間に価格競争をさせ、出来るだけ安い経費で公共事業の発注を行おうというのが競争入札制度ですが、参加する企業側としては価格競争の激化は、利益が限りなくゼロに向かって減ってゆくことを意味しています。
 公共事業そのものが減っている状況では、赤字覚悟で仕事を確保しようとする企業も出てきます。
その先に見えてくるのは、業界全体の共倒れ。
これを避けるために創り出されたシステムが、天下りであり、官製談合であり、鋼鉄製橋梁を巡る道路公団の談合事件であるわけです。
 つまり競争原理の激化に最も強い危機感を持っているのは企業自身であると言えるでしょう。
(だからと言って談合を正当化するつもりは毛頭ありません。それどころか、なけ無しの給料から差っ引かれた税金が、そんな所にジャバジャバ使われていたことに激怒しております!
こんな大出血を許していてはどんなに増税して輸血しても、国は出血死してしまいます。いやその前に国民が出血多量で死にます。ああ、何だかまた腹が立ってきた。税金の問題は別の機会に改めて取り上げたいですね)

 「競争の結果体力の弱い企業が淘汰されるのは悪い事じゃない。勢いのある健全な企業が生き残り、より良い製品やサービスを社会に提供する。これぞまさしく健全な資本主義経済のあり方じゃないか」こう反論する声が聞こえて来そうですが、本当にそれで良いのでしょうか。

 競争の激化により、より弱い企業が淘汰されてゆく状況は、戦国時代に例える事が出来ます。
企業同士競い、時には吸収し、合併し、競争はやがてある一点を目指して収斂されて行きます。天下統一に向けて。
誰かが覇者になるまで戦いは続きます。
逆に言えば「誰かが覇者になった時点で競争は無くなる」ともいえます。
ここに、市場競争原理が働いた結果、競争の無い独占社会が現出するのです。
「ふん、そんなの理屈の中だけの話さ、現実にそんなことにはならないさ」とお考えの向きもあるかと思いますが、残念ながらこれって現実の話なのですよね。

 2000年6月6日米連邦地方裁判所から、ある民間企業を独占禁止法違反で2社に分割するよう是正命令が出されました。
そう、ある民間企業とは米マイクロソフト社のことです。
「Windowsのパソコン用OSにおける独占的地位を利用して、ウェブブラウザーなどほかのアプリケーションにおける独占を目指した」としての是正命令でした。
 米マイクロソフト社は、他社の買収、吸収合併等を行い急成長した市場競争原理の勝利者とも言える企業でしょう。
その会社を自由競争社会の擁護者ともいえる米司法省と19の州が本気で提訴したのです。
 まあ、最終的にはマイクロソフト側が控訴し、2001年6月にワシントン連邦高裁が分割命令を破棄差し戻しし決着。
現在もパソコン用OSにおけるマイクロソフト社の独占状態は続いています。
 つまり、市場競争原理が究極まで進むと、それとは対極にある1企業の独占という不健全な状況に陥ってしまう危険性を孕んでいるということです。

 他の業界だって同じでしょう、ガチンコ勝負で真っ向から市場競争原理でぶつかりあえば、各業界ごと(いろんな意味で)最も体力のある巨大企業1社ずつが生き残る社会が出来上がるのでは無いでしようか。その社会では最早競争原理という言葉は死語です。人々は競争の無い平和な社会で、独占企業一社が生産した物を買い、食べ、生活してゆくのです。「高い」とか「品質が悪い」と言っても仕方がありません、人々に選択の余地が無いのですから。

 これでは共産党一党独裁時代のソ連ではないですか。
「資本主義社会の競争原理が行き着いた先が、なんと社会主義同然の社会だった」マルクスとレーニンが墓から飛び起きてコサックダンスを踊りだしそうですね。

 「それこそ理想の社会だ」って世の中の大多数の人が思うのならともかく「そんなの嫌ンダ」ということであれば、無制限の競争原理を抑えるために最低限の「規制」は必要ということでしょう。
 殊に医療、介護、福祉、教育など公共性の高い分野での競争原理の導入には慎重な態度と、しっかりとした監視の目が必要です。
さもないと最も医療や介護や福祉を必要とする人々をばっさりと切り捨てる結果になってしまいかねません。

 なにしろ「競争原理」とは弱者を淘汰してゆく原理だからです。

あれっ、ひょっとして政府の本当の狙いってそれだったりして。 

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コメント

市場競争原理の、根本的なことがわからないのですが。。。 教えていただけると嬉しいです。。

投稿: りり | 2006年11月13日 (月) 18時04分

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