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2005年9月24日 (土)

地球温暖化報道に思う 05/09/24

 「カトリーナ」に続きアメリカ南東部に大型サイクロン「リタ」が上陸する可能性が高まってきた。
現在アメリカ周辺には5つの大型低気圧がが発生しており、東アジアの2つを合わせると、太平洋とメキシコ湾周辺で7つのサイクロン、タイフーンが発生していることになる。
 昨晩10時の某民放TVの報道番組では、キャスターが大型低気圧の多発は地球温暖化の影響が考えられ、京都議定書を批准せずに温暖化の原因となる大量の二酸化炭素を大量に排出し続けるアメリカを批判する内容のコメントを述べていたが、このことに私は非常に疑問を感じた。
確かに、地球温暖化の影響で台風など熱帯で発生する低気圧は大型化する傾向にあるが、9月7日の記事で述べたように人間が排出する二酸化炭素と温暖化には全く因果関係が無いとするデータが存在することは少し調べればすぐ分かることである。アカデミズムの世界でも「地球温暖化CO2原因説」は現在賛否両論並立の状態であるのが実情で、中立な立場を旨とする報道の場でどうしてこうも一方的で無責任な発言をするのだろうか。
 さらに呆れたのは、北朝鮮の現状を伝える別のコーナーで、マインドコントロールの恐ろしさをひとしきり述べた後で「日本でも知らず知らずのうちにマインドコントロールを受けているのかもしれないので気をつけましょう」と言った趣旨のコメントをしていたことだ。
波多陽区ではないが「視聴者をマインドコントロールしているのは貴方ですから」と思わず突っ込みを入れたくなる状況だ。
尤も数日前、他局の朝の報道番組でもメインキャスターが同様の発言をしており、新聞でも温暖化の原因イコール人類の排出したCo2とする記事が散見されるところから、これは日本のマスコミ全体の問題なのかもしれない。
 何故にマスコミは政府や一部の学者の学説に過ぎない「地球温暖化CO2原因説」を鵜呑みにして垂れ流すのだろうか。
私には、この件についてのマスコミの報道には極端な偏りが感じられてならない。

 9月7日の記事では、科学的な側面から「地球温暖化CO2原因説」は間違いではないかと指摘したが、では何故に政府やマスコミや国際社会まで音頭をとって「地球温暖化CO2原因説」に踊らされているのだろうか。
 まず研究者の立場から考えると、現在、国立大学を民営化しようなどという動きがあるように、今後公立私立にかかわらず研究内容については、よりシビアに吟味され淘汰される時代がやってくることが予想される。研究者は研究対象を社会からより注目されている事柄から選ぶのほうが有利であると言うことができるだろう。注目度の低い研究テーマでは研究対象を失うばかりか、研究者としての立場すら危うくなる可能性がある。その点政府も注目しているテーマであれば、研究費捻出の点でも有利であるし、研究者としての身分の保障も期待できる。当然マスコミなど発言の機会を大いに利用し、研究対象の重要性を強調もすることだろう。
 また、産業界の立場から考えても「温暖化対策を積極的に進めている企業です」とアピールすれば消費者に対するイメージアップにも繋がるし「温暖化対策機器」だの「温暖化対策システム」など新たなマーケットの開拓も期待でき、産学の利害が一致する。
両者が危機感を煽って政府に働きかけた結果出来上がったのが現在の偏った状況であり「京都議定書」なのではないだろうか。
 アメリカはそのからくりを悟ったため、無駄金と無駄な労力を注ぎ込む結果になる「京都議定書」の批准を見送る決断をしたのではないだろうか。

 では「温暖化対策は」必要ないのか、と言うとそんなことはないと思う。
人為的でないにしろ近年地球温暖化が進んでいるのは事実であり、そのための対策を考えねばならないのも事実である。
要は「温暖化対策」にならないCO2削減策を推進するのではなく、温暖化の結果地球環境がどのように変化し、どのようなメリット、デメリットが考えられ、どのような対策を取るべきかを打ち出して行くのが真の意味での「地球温暖化対策」なのではないだろうか。

 いずれにしても21世紀に生きる我々が、天動説を信じていた中世の人たちを(このことについては)無知蒙昧と評価するように、我々の子孫達に「人間の力で温暖化が始まり、人間の力で温暖化を押し留められる考えた無知蒙昧な人たち」と評価されるのだけは避けたいものである。

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2005年9月18日 (日)

民主党代表選に思う 05/09/18

 昨日岡田代表の辞任を受けて民主党の代表選挙が行われ、2票差の接戦を制し43歳の前原誠司代表が誕生した。
 民主党は「現状維持」「党内融和」よりも「現状打破」「世代交代」を選択したことになり、私個人としては正しい選択であったと思う。

 さて、新しい看板への架け替えの完了した民主党だが、課題は山積で若く党内運営経験の無い新代表の手腕を危惧する声が早々から上がることが予想される。本人の代表としての自覚が重要であることは当然であるが、前原氏の能力に期待する以上にベテランを含め党内が結束してニューリーダーを盛り立て、育てて行こうという意識が重要であると思う。
 報道では殆ど見向きもされなかったが、岡田氏の元代表の遺言だとする挨拶の中で「代表を挙党体制でサポートすることが必要」とする趣旨の事を述べていたが、実はこれ非常に重い言葉だと思う。
 つまり岡田代表のときは、代表に対する党内の十分なサポートを得られず苦労し、結果惨敗したのだと、新代表には同じ轍を踏んでほしくないという気持ちが如実に現れていると感じるからだ。
 民主党は左派、中道、右派と正に寄り合い所帯の政党であるが、自らの過去の所属政党の考え方、支持基盤や既得権益に縛られたこれまでの活動ではいかなる代表者を出したところで挙党体制など臨むべくもない。次の内閣は永遠に次の内閣のままに終わると肝に銘ずるべきであろう。
 ともあれ皮袋は新しくなった。中身の酒も新しく変わることを期待し、見守って行きたいと思う。

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2005年9月17日 (土)

最近の政界の動向に思う 05/09/17

 衆院選も終わり、与野党とも新たな動きが出始めております。
自民党は、当選した新人を対象にした研修会を20日から開くことを発表しました。これは小泉総理の脱派閥化構想の一環と見られ、新人議員の多くは総理の意向を考慮し、派閥に属することを留保している模様です。
 そんな中、ある若手新人議員が報道陣のインタビューに対し「自分は基本的に派閥肯定派で、どこかの派閥に属し勉強させていただき、付いて行く所存です」と言った趣旨の回答をしておりましたが、記者から「小泉総理は新人議員には派閥に入ってほしくないみたいですよ」と言われあわてて「総理がそうおっしゃるなら……」としどろもどろの受け答えをしていたのが目に付きました。
初めは威勢よく答えていたのが、忽ち目を点にしながらグズグスに崩れてゆく変化の可笑しさに思わず吹き出してしまったのですが。
 本当に大丈夫か新人、大学の新入生がサークルを選ぶのとは分けが違うんだぞ。
大体政治の世界なんぞ、周囲にアンテナを張り巡らし、常に新しい情報を入手し、状況を分析し、自らと日本の進む方向を見定めて行かねばならないものでしょう。
別に某郵政反対派議員のように日和見に走れとは言はないけれど、も少し自分の置かれた状況に適切に対応できる能力を身に付けていてほしいものです。
 そういえば、どう聞いてもリクルート活動中の大学生の企業面接向け模範解答にしか聞こえない演説をしていた20代の候補者も見受けられたし。
 これはもう新人研修以前の政治センスの問題であると考えられるだけにだいじょうぶかなぁ今後の日本。
「まあベテラン議員も初めは皆新人だったさ」と自らを慰めて見ても一抹の不安を感じずにはいられないのは私だけでしょうか。

 野党の方では、今日民主党の新しい代表が決まるようです。
「世代」と「理念」が内部の対立争点だとの事ですが、私は菅氏や小沢氏など古株が党の表看板になっては、国民に新生民主を印象付けることには無理があると考えております。
かと言って若い前原氏だけでは、呉越同舟状態の党を結束させて行くだけの求心力を求めることにも無理があるのも事実です。
まあ、そこが民主党の苦しいお家事情と言うことでしょう。
 結論をいえば、表看板は若い前原氏を押して、ベテランが結束してサポートして行く体制しか無いと思うのですが、ベテラン連中がそれを出来るかどうかに何年後かの政権交代がかかっているのではないでしょうか。
 どのような結果になるのか見守りたいと思います。

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2005年9月12日 (月)

衆議院総選挙に思う 05/09/12

 衆議院総選挙、蓋を開けて見れば自民党の圧倒的勝利でしたね。
単独過半数を遥かに超え、これは少々勝ちすぎのきらいがあります。
これほどの大勝利はさすがの自民党自体も想定外であったようで、その証拠が東京都の比例区。
自民党の当選者31名でしたが、名簿上に30名しか載せていなかったため1議席社民党に流れて行きました。
自民党執行部としては30名で十分だと考えていたのでしょうね。
 私は東京都民ではありませんが、有権者の意思を反映しない結果になってしまうことにはどうもしっくりこないものがあります。

 それにしても、今回の選挙は選挙プロデューサー小泉純一郎の面目躍如と言った選挙でしたね。
なんだかんだと批判を浴びながらも、常に先手先手と仕掛け、見事に最後まで国民の目を引きつけておりました。
何度も繰り返される簡潔なスローガン、国民の感情と好奇心に訴える戦術、国民の目には与党こそが改革推進派で、本来改革を訴える立場であるはずの野党がいつの間にか旧弊の擁護者のように映って行きました。
お見事と言うしかありません。
でもこの手法70年以上前、アドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の選挙手法に酷似しているんですよね。

 1.宣伝は大衆的であるべきで、その水準は伝えたい者の中で 最低の水準に合わせるべきである。

 2.宣伝は学術的な余計なものが少ないほど、感情に訴えれば訴えるほど良い。

 3.宣伝は重点を極端に制限して、これをスローガンのように対象者の最後の一人が理解するまで継続して流す。

上記はヒトラー著「我が闘争」の中の宣伝について述べている部分からピックアップしたものです。

選挙目的について。
「これは郵政民営化、賛成か反対かを問う国民投票なのです」
きわめて簡潔ですね。

所謂刺客候補擁立について。
「郵政民営化反対の人しか立候補しない選挙区では有権者の選択の機会を奪うことになります。だから賛成の人も立候補させるのです」分かりやすいですね。

「郵政民営化すら出来なくて、一体どんな行財政改革が出来ると言うのでしょうか」感情に訴えますね。

「郵政民営化はこの国に必要なのです」
これは総理大臣に就任する遥か以前から耳にタコガ出来るほど繰り返されて来たスローガンです。

うーん、小泉首相「我が闘争」読んだんでしょうか、それとも宣伝相ゲッベルスでも憑いているんでしょうか。

翻って今回の選挙での野党の選挙戦術は…… 合掌

因みにヒトラー率いる「国家社会主義ドイツ労働者党」は巧みな選挙戦術と他政党の無策によって、1932年の(まっとうな)選挙で第一党の座を手中にしており、更に翌年の選挙で43.9%の得票率を得ております。

選挙手法は真似ても、政策は真似しないでね、小泉さん。

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2005年9月 7日 (水)

地球温暖化対策に思う 05/09/07

 米国が批准拒否し発効が危ぶまれていた「京都議定書」が、ロシアの批准によって漸く発効行することが出来ました。
私は、どうもこの「地球温暖化対策」について考えるとき、いつも何かが胸に支えたような気持ちの悪さを感じてしまうのです。
今回は、この「地球温暖化対策」について考えて見ようと思います。

まず、温暖化対策が必要だと言われる根拠ですが、

 1.産業革命以後、地球の平均気温が上昇している事実がある。
 2.近年の地球温暖化は通常自然界では起こりえない急激な上昇である。
 3.大気中のCO2濃度の上昇に伴って地球は温暖化している。
 4.CO2濃度の上昇は人類が大量の化石燃料を燃焼してきた結果である
 5.よって地球温暖化は人為的な現象で、人類が排出するCO2を削減することによって進行を食い止めることが出来る。

概ね上記のような流れであったかと思います。

上の論で私が引っ掛かるのは以下の点です。
1.ここ200年間の地球平均気温の上昇率は、本当に不自然なものなのか。
2.本当にCO2濃度の上昇が温暖化を引き起こしているのか。
3.気温の上昇は本当に人為的なCO2排出の結果なのか。

ネット上でいろいろ調べて見ましたが、上記の疑問にほぼ完全に答えてくれるサイトを見つけました。
近藤邦明氏の『環境問題』を考えると言うサイトです。
http://env01.cool.ne.jp/index02.htm

このサイトの中の 4)二酸化炭素地球温暖化脅威説批判 に疑問に対する回答がほぼ全て網羅されていますので、是非そちらを精読していただきたいと思います。
一応上記サイトの論文をもとにした1~3までの疑問に関する回答を簡単にまとめておきます。

1.日本の歴史上でも過去に何度も「気温上昇率 0.4~0.6℃/100年」程度の気温変化は起こっており、100年間で3~4℃の変化さえ稀な出来事ではありませんでした。従って過去200年間の上昇率は決して不自然なものとは言えません。

2.過去30年間の気温と大気中のCO2濃度の変化を詳しく調べた結果、気温の変化の後にCO2濃度が変化しております。
従って、CO2濃度の上昇によって気温が上昇していると言うのは誤りと言えます。

3.上記1~2より、近年の平均気温の上昇は人為的な温暖化ガスの排出の結果ではありません。
と言うことになります。

 また、温室効果ガスの中でCO2が最も効果が大きいわけでもありません。最大の温室効果を持っているのは水蒸気であり、実に地球大気の全温室効果の70%~90%以上にも達しております。
つまり地球大気の温室効果は大気中の水蒸気濃度によって大きく変動しているのです。因みにCO2の温室効果の割合は2~3%に過ぎず、人為的なCO2排出量となると更に少なくなります。
この僅かな影響力しか持たない人為的なCO2を減らしても、地球環境を劇的に変化させることなど出来ようはずが無りません。

 では、近年の平均気温の上昇は一体どう考えたら良いのでしょうか。これについては現在が気象学的にどのような位置に置かれているのかを考えて見る必要があります。
 ご存知のように過去地球上では、少なくとも4回の大きな氷河期がありました。通常氷河期は数千万年から数億年続きます。
氷河期の間は一様に地球全体が氷に閉ざされる寒冷な気候が続くわけではありません。寒冷な「氷期」と比較的温暖な「間氷期」をおよそ4万年から10万年の周期(過去100万年の間では)で繰り返して来たと考えられております。
そして現在は1万年~1万2千年前から続いている「間氷期」の初期にあたると言われております。
つまり、万年単位の大きな時の流れの中で眺めて見るならば、現在の地球は「冷え切った氷期から抜け出て、温まりつつある状態」と考えるのが自然ではないでしょうか。従って過去200年間、地球平均気温が上昇し続けているのも極自然な事と考えられます。もっとも、西暦以降の日本の歴史を眺めても500~700年という比較的短い周期で温暖な気候と寒冷な気候を繰り返していることから、今後も地球平均気温が上昇し続けると断言することも出来ませんが。逆に言えば、いつ寒冷化に転じてもおかしくないとも言えます。

 以上から現在の地球温暖化は人為的なものでは無いと結論付けて良いかと思います。だからと言って無制限に資源エネルギーを燃やし続けて良いということにはなりません。資源エネルギーは限りある物である点、燃焼によって排出される化学物質にはダイオキシンを初めとする有害物質が多く含まれている点、など地球環境の破壊を伴う行為であることには違いないのです。
 私達はよりクリーンで効率的な代替エネルギーを開発することは勿論、地球環境を傷付けずに生き抜く知恵が今まで以上に求められる時代に居ると言えるのではないでしょうか。

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